大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)6172号 判決 1956年11月30日
原告 誉田四三治
被告 株式会社第三相互銀行
主文
被告は原告に対し五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三〇年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金額の支払をせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、二分の一を原告、二分の一を被告の負担とする。
この判決は、原告勝訴部分に限り、一七〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮にこれを執行することができる。
事 実<省略>
理由
原告が昭和二九年八月二六日午後二時三〇分頃大阪市南区長堀橋筋一丁目三二番地先堺筋清水町市電停留所交叉点の北行電車軌道の西側車道上で柳田知義の運転するスクーターと衝突し負傷したことは当事者間に争がない。
まず、右衝突が柳田知義の過失に基くものかどうかを判断しよう。
成立に争のない甲第三号証の一、二、四、五、七、八、一〇、一一、乙第一号証から第三号証まで、証人柳田知義(第一、二回)、高島明の証言、原告本人尋問の結果(第一回)を総合して考えると、柳田知義はスクーターを運転し堺筋南行車道を南進し清水町停留所に停車中の南行電車の東側を通過し、堺筋清水町の交叉点を東から西に横断しようとして時速約五キロで清水町東北の歩道角附近から西斜めに向つて電車軌道を横断し初め、北行電車軌道上にさしかかつた附近で進路を真西に転じた瞬間、原告が清水町西南角歩道から斜めに東北方に向い小走りに進行して来てスクーターの左前方約三メートルの距離に接近したのに初めて気づき、直ぐ急停車の処置をとるとともにハンドルを右に切つたが及ばず、北行電車軌道の西側車道上でスクーターの左ハンドルを原告に激突しその場に転倒させた。当時この附近には停車中の南行電車以外人、車馬の通行するものはなかつたから、柳田が電車軌道を横断し初めた後、進路前方左右の注視を怠らなかつたならば、当然清水町西南角歩道から斜めに東北方に向つて進行して来る原告をもつと早く発見すべきであるのにかかわらず、柳田は進路前方左右の注視を怠つたため、約三メートルの距離に近づくまで原告の動向に気づかず、発見後直ちに急停車の処置をとりハンドルを右に切つたが、原告が小走りに進行していたこととあいまつて、衝突を避けることができなかつたものである。一方、原告は清水町西南角でたばこを買い求めた時、ちようど南行電車が停留所に停車したのを認め、急いで乗車しようとしてこれのみに気をとられ、左右を注視せず、斜め西に進行して来る柳田のスクーターに気づかず進行し、しかも道路の横断規定に反し道路を東北方に向い斜めに横断したこともまた、右衝突発生の原因となつている事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。そうすると右衝突は柳田の進路の前方左右の注視を怠つた過失に基因するものであるが、一方原告にも停車中の電車に乗車することにのみ気をとられ、柳田のスクーターの進行に気づかず、また道路を斜めに横断した過失があるものといわなければならない。
柳田が被告の行員であつて右当時被告所有のスクーターを運転し被告の集金業務に従事していたことは当事者間に争がないから、被告は柳田の使用者として柳田が被告の事業の執行について原告に加えた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。
そこで、原告主張の損害額について判断しよう、
第三者の作成したものであつて、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一、第二号証、第三号証の六、第四号証、原告本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したものと認められる甲第五号証の一から一三まで、及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によると、原告は右衝突の結果右下腿骨皮下粉砕骨折を受け、直ぐ附近の原田外科病院に入院し同日から同年一二月二六日退院するまで治療を受け、同病院に対し入院料治療費として二一八、三〇〇円を支払い、昭和三〇年一月一八日から同年三月二四日まで及び同年一〇月二七日から同年一一月一〇日まで京都大学医学部附属病院に入院し治療を受け、同病院に対し入院料治療費として七〇、三一〇円を支払い、林整形外科病院に対し昭和三〇年四月から昭和三一年三月までの往診料として六四、五〇〇円を支払い、原田外科病院入院中の看護日当として四六、八五〇円を支払い、明京薬品商会に対し治療のための薬品代として三〇、六一五円を支払い、沢田鍼灸マツサージ治療院に対しマツサージ代として一一、五〇〇円を支払い、以上支払額合計四四二、〇七五円に達したことを認めることができる。原告は右以外の医療に伴う諸雑費を合算すると五五二、四七四円に達すると主張し、右認定以外の諸雑費が相当要したことは当然考えられるけれども、その額が原告主張のとおりであることについては、原告本人尋問の結果(第二回)は適確な計数上の根拠を示していないから、直ちにそのまま採用することはできず、他にこれを確認するに足りる証拠はないから、諸雑費についての原告の主張は失当である。
前示甲第一、第二、第四号証、原告本人尋問の結果(第一、二回)によると、原告は明治三二年生れで、時計貴金属商を営み、資産約一、五〇〇、〇〇〇円を有するものであるが、右負傷のため前示のように二〇四日間の入院を余儀なくされたばかりでなく、相当長期間にわたり正座不能、左足跛行の機能障害が残つたことが認められるから、原告はその肉体上精神上相当多大な苦痛を被つたものであつて、被告が原告に支払うべき慰謝料の額は一〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
原告本人尋問の結果(第二回)によると、原告は昭和二一年から時計貴金属商を営むものであるが店を構えず原告自身の外交を主とし、一ヶ月約五〇〇、〇〇〇円の売上があり、その二割に当る一ヶ月一〇〇、〇〇〇円、一日三、三三三円の割合による利益を挙げていたが、前示のように入院したため二〇〇日以上自ら営業に従事することができず、経験に乏しい息子に当らせたため、その売上及び利益は三分の一以下に減少したので、原告は少くとも一日一、五〇〇円の割合により二〇〇日間合計三〇〇、〇〇〇円の得べかりし利益を失つた事実を認めることができ、右認定を動かすべき証拠はない。
そうすると、右認定の損害額は、医療費四四二、〇七五円、慰謝料一〇〇、〇〇〇円、得べかりし利益の喪失三〇〇、〇〇〇円合計八四二、〇七五円となるが、前示認定の原告の過失を参酌して、被告が原告に対し支払うべき損害賠償の額は五〇〇、〇〇〇円と認めるのを相当とする。従つて原告の本訴請求は、被告に対し五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和三〇年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当としてこれを認容すべきものであるが、その余の部分は失当としてこれを棄却しなければならない。そこで訴訟費用の負担について民訴法八九条九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 熊野啓五郎 中島孝信 芦沢正則)